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12月6日

 12月8日という日
 http://angel.ap.teacup.com/hitococi/57.html

 

 12月8日は《真珠湾攻撃で太平洋戦争が開戦》あるいは《ジョン・レノンが凶弾に倒れた日》、そして《釈尊が悟りを開いた成道会(じょうどうえ)》であり、1987年《パレスチナ人の抵抗運動“インティファーダ”が勃発》し、1995年《高速増殖炉“もんじゅ”のナトリウム漏れ事故》の日です。

 その現実的な困難さに加え、高純度プルトニウムが精製されることで核拡散につながると、米国(カーター政権時)でさえ撤退した核燃サイクル事業に対し、日本は「夢の原子炉」をうたい文句に2兆円(最近よく聞く数字ですね)の税金を使ってきました。しかも13年間止まっている“もんじゅ”に、改造工事費340億円と、1日2000万円の維持管理費をつぎ込んだにもかかわらず、未だに実用化のめども立っていません。
 一方、この核燃サイクルを前提にした六ヶ所村の再処理工場を、何が何でも稼動させようとしています。苦肉の策としてプルサーマルで使ってしまおうとしています。この再処理は、普通の原発1年分の放射能を1日で放出し、青森県のみならず周辺地域の農作物を汚染し、排水は親潮に乗って太平洋を広範囲に広がります。

 私たち「原子力行政を問い直す宗教者の会」でも、今年の9月にお膝元の敦賀市で全国集会を開き、専門家や現地の人々、他の核施設立地の人々と、3日間に渡り勉強会や討論をしてきました。
 その中でとくに問題にしたのは、まず第一に、毒性が半減するのに2万4千年を要し、1グラムで数十万人を死に至らしめる猛毒である上に、すぐに核兵器に転用することのできるプルトニウムの危険性です。それが、非常に複雑な構造で成り立たせようとしているために、常に事故の危険性を含んでいます。
 そして莫大なコストがかかるのもハンパではありません。順調にいってもその合理性は疑問ですが、事故があればさらにそれが膨れ上がります。というより取り返しのつかない事態になります。
 しかも“もんじゅ”の下に、2つの活断層が見つかったのです。柏崎刈羽でも「地震に弱い原発」が露呈しましたが、“もんじゅ”の配管はさらにとてつもなく複雑である上に、冷却材として、空気や水に触れると激しく爆発炎上するナトリウムが、1500トンも使われているのです。
 地震は天災ですが、それによる「震災」は多分に人災です。それを最小限に食い止めるのはすべての人々の願いです。近年、次々と活断層が発見された若狭湾が原発銀座になっている現実と合わせ、日本のエネルギー政策を根本的に見直す必要を訴えます。
 そして事故や経済的コスト以上に私が問題視するのは、いのちのコストです。原子力は、誰かがヒバクしなければ成り立たないという現実があります。
(参考:http://angel.ap.teacup.com/applet/hitococi/20081005/archive
放射線管理手帳で把握されるヒバクシャだけでもすでに42万人を超え、広島・長崎の被爆者の数を上回りました。

 “もんじゅ”の名称は、普賢菩薩とともに釈迦如来の脇侍である「文殊菩薩」に由来すると言います。智慧のシンボルである文殊菩薩は獅子に乗る姿で登場します。プルトニウムという、人類を滅亡させかねない強大なパワーを現代の叡智で支配するという、研究者の思いが込められているということです。しかしそのような驕りこそが、仏智と対極にあることを、一連の事故や事故隠しが、皮肉にも戒める結果になっています。

 釈尊の覚(さと)りは、人間の苦悩を出発点に導き出されます。莫大な資金を支配する側ではなく、十分な説明もなく知らず知らず危険な労働に借り出される人、病におかされ、家族を失い、不安の
中に生きざるをえない人々の側に立って、私たちの取るべき道を考えて行くことを教えています。

 私たちは、隠された人々の苦しみに目を向ける必要があります。莫大な宣伝費をかける電力会社のプロパガンダだけで判断するのではなく、不安と苦しみに寄り添って、声なき声を代弁する人々の訴えを聞いていきたいと思います。